今回は、イエスが不治の病をいやされたひとりの女性の信仰からいやしと救いについて学ぶ。
多くの医者にかかるも病気は悪化、持っている物をみな使い果たした彼女は、群衆に紛れてイエスの着物に衣に触れるとただちに出血が止まり、ひどい痛みが治まった。
その時、イエスは体から力が抜けたのを感じて辺りを見ると、彼女は隠し切れず、イエスの前に出て身に起こったことを打ち明けた。ここから彼女の信仰から3つのことを学ぶ。
第1 信仰は求めることから
彼女はイエスはすべての病を癒されると聞いただけでなく、長血による痛みと苦悩から救われるために、イエスを求めて癒されたのである。
「あなたがたは、信じて祈り求めるものは何でも受けることになります。」 (マタイ21章22節)
第2 信仰には行動が伴う
信仰と行動とは密接につながっている。イエスの衣に触れればいやされるという彼女の信仰は、実際にイエスの衣に触らないといやされなかった。
「信仰によってノアは、まだ見ていない事柄について神か
ら警告を受けたときに、恐れかしこんで家族の救いのた
めに箱舟を造り、その箱舟によって、世を罪ありとし、
信仰による義を受け継ぐ者となりました。」
(ヘブル11章7節)
第3 信仰は一生涯のもの
彼女は病がいやされた後、黙ってその場を立ち去ろうとした。しかし、イエスは彼女がいやされたことを公にされ、これからは神様を信じて平安に暮らすようにと励まされた。
「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい。苦しむことなく、健やかでいなさい。」
(マルコ5章34節)
イエスを信じた彼女は、12年の間長血による痛み、苦しみ、屈辱から解放されただけでなく、罪赦されて、神様とともに日々平安に過ごして行くという祝福をも受けたはずである。