「人の益のために生きるとは」 エペソ4章28-29節 2019.1.27 港キリスト教会

   「人の益のために生きるとは」 エペソ4章28-29節

   使徒パウロは、盗みや悪い言葉によって人を躓かせているエペソにある教会の信者に、盗みをやめ、悪いことばを口から出すことを戒め、むしろ人の益のために生きるようにと勧めている。まず28節から教えられることは、

1. 労して働くことは人の益となる ここでの「盗む」とは、強盗と泥棒の中間ぐらいの盗みという意味であり、その行為が世の法律に触れなくても、神の目から見れば盗みに価するものである。マラキ書3章9節で、神の目から見てふさわしくない献げ物をしていたイスラエルの民に対して、あなたがたは神のものを盗んでいると言われた。それは、神目線による盗みであった 。

 いずれにせよ盗みは、自分の欲望を満たすために、他人に損害や危害を与える利己的な行為である。そのような者に対してパウロは、正当な労働に就き、働いて得たものの中から困っている人に施すように勧めている。

 労働の消極的意義とは、盗みによって人に迷惑をかけないためであり、労働の積極的意義とは、困っている人に分け与えるためである。パウロは怠惰な者、不正な手段で利を得ている者に働くことを勧めた。彼らの不正をあばき、また盗みを断罪するのではく、働くことによって自分のことだけでなく、他の人のことも顧みる者となるように指導した。

 次に29節から教えられることは、

2. 私たちの言葉が人の益となるように 25節の偽り。26節の怒り。27節の盗み。28節の悪い言葉。これらは人間関係に関わっている。中でも言葉は一番身近であり、また一番失敗しやすいものである。ここでの悪い言葉とは「無価値な言葉」、「腐敗した言葉」という意味であるが、そのような悪い言葉ではなく、人の徳を養うのに役立つ良い言葉を話すことにより、人の心を豊かにし、互いの徳を高め、互いに成長することはすばらしいことである。

 さて、私たちは労働の対価は当然自分のものであると考えやすく、また言葉で人を傷つけやすいものであるが

①労働の対価の一部は困っている人を助けるために積極的に用い

②自分の口から出る言葉が、人を不快にさせ、傷つけたりすることがないように、むしろその言葉が人の徳を高め、人に益をもたらすものでありたい。