「困難な時代の中での希望」要約  第二ペテロ3章1−13節 2020.12月27日(日)港

 「困難な時代の中での希望」  

         第二ペテロ3章1−13節 


  この聖書箇所は、困難な時代の中にいるクリスチャンたちに、ペテロがキリストの再臨の望みを語る。それは、現在の私たちの励ましであり希望でもある。この箇所から3つの希望について見ましょう。

 

 1.主の再臨をあざける時代だからこそ希望がある

                  (3、4節)

 ペテロの主の再臨のメッセージは、当時の人々から嘲られていた。では、今日はどうか。今年、東京オリンピックが中止となり、また世界中に疫病が蔓延すると誰が予告したか。明日(あす)何が起こるか分からない人々が、真理から遠く離れ、真実に耳を傾けようとしない時代だからこそ、キリスト者は希望を持つべきである。

 

 2.主のみことばにこそ確かな希望がある(5-9節)

 主の再臨はないではないかと嘲(あざけ)る人々は、自分の思いや考えや先入観でみことばを聞いているために、正しく理解できないだけでなく、より難しいものにしている。「わたしについて、モーセの律法と預言者たちの書と詩篇に書いてあることは、すべて成就しなければなりません。」(ルカ24章44節)いつの時代であっても、聖書からイエス・キリストについてよく調べるなら確かな希望を見出すのである。

 

 3.主の御国の約束にこそ真の希望なのです(10-13節)

 まもなく(?)主イエスは、恐ろしい7年間の患難時代から守るために空中まで降りて来られ、すでに死んだ信者、そして生きている信者を一瞬に携挙される(患難時代の中間、あるいは患難時代の終わりに空中再臨があるという説もある)。

 

 さて、7年の患難時代が終わり頃に、主は信徒とともに地上に再臨して、世界最終戦争を終わらせ、その後は、キリストによる至福の千年王国を打ち建てられ、千年間後のあとは、新天新地にて永遠に過ごすという素晴らしい希望が待ち受けている。

  「然り、私はすぐに来る。」

  アーメン。主よ、来てください。

      (黙示録22章20節)