「信仰によって義とされたアブラハム」−神の契約とアブラハムの信仰−創世記15章 2019.8.4 港キリスト教会

   「信仰によって義とされたアブラハム

  −神の契約とアブラハムの信仰−    創世記15章

 神は特定の人々に契約を結ばれた。アブラハムもそのひとりである。①アブラハムは大いなる国民(父)となる。②カナン(パレスチナ)の地にて、広大な土地が与えられ、多くの子孫が与えられると神から契約を受けた。

 しかし、アブラハムは80歳を過ぎ、子孫を与えるという約束が未だ実現せず、年老いていく中で疑い、不安、焦りの思いになっていったと思われる。そのような時に神は、「アブラムよ、恐れるな。わたしはあなたの盾である。あなたへの報いは非常に大きい。」と声をかけられた。

「恐れるな」とは、甥のロトを諸国の王たちから奪還したための報復を恐れていたアブラハムへの励ましでは。そして、「あなたの盾となる」とは、敵が撃ち放った矢(苦難や試練や誘惑)が飛んで来ても、わたしが盾となり、あなたを守るとの約束である。

「私たちのたましいは主を待ち望む。主は私たちの助け、私たちの盾。」(詩篇33:20)とあるように、このみことばは神を信じているすべての人々への約束である。

 さらに神は、「あなたへの報いは非常に大きい。」と仰せられた。ところが、アブラハムは神の約束と現状とのギャップに戸惑っていたのではないだろうか。

 そこで、神はアブラハムを外に連れ出され、「さあ、天を見上げなさい。星を数えられるなら数えなさい。」と語られ、続いて、「あなたの子孫はこのようになる。」と仰せられた。そこで、アブラハムは天の数えきれない星を見て主を信じた。アブラハムは神の約束の内容にではなく、約束された主ご自身を信じたそれで、神の約束と厳しい現状とのギャップを埋めることが出来た。

 さらに、主は、「わたしは、この地をあなたの所有として与えるために、カルデヤ人ウルからあなたを連れ出した主である。」と仰せられた。そこで、アブラハムは再度、「神、主よ。私がそれを所有することが、何によって分かるでしょうか。」と問いかけ、アブラハムは躊躇することなく神に願った。

 では、この所での教訓とは何か。それは、神を信じているのに、みことばを疑って、心配し、思い煩い、不安に陥ることがある。しかし、アブラハムは信じがたいみことば(契約の内容)にではなく、契約者であられる神ご自身を信じたことで義と認められたことである。