「死の問題は解決済ですか?」 ローマ6章4-11節 召天者記念礼拝 2020.10.18 港キリスト教会

 「死の問題は解決済ですか?」 ローマ6章4-11節

今回は「死」という問題についての2つのタイプについて考えましょう。

第1のタイプは死の問題を避けて(or忘れて)生きている人です

 

 人は死の問題を無関心のまま生きることは出来ない。なぜなら、身近に起こる死の現実は、やがて自分にも必ず訪れるからである。コロナ感染がまだ緩やかだった頃、志村けんさんや岡江久美子さんの死は、コロナウイルスの怖さを痛感させられた。ところが、感染者が少なくなると、死という深刻な問題は忘れたかのように生きる。それは、死の問題を直視せず、避けているのである。聖書は死について、「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている。」(へブル9章27節)と教える。

 聖書の死についての教えとは、罪による肉体の死の恐れだけでなく、死後、魂の永遠の死(神から永遠に離される状態)を、もっと恐れるようにと警告している。ですから、死の問題を避けて、また忘れて生きてはいけないのである。

 

 第2のタイプは、死の問題が未解決のまま生きている人です

 

 このタイプの人は、死の問題には関心はある。しかし、死の問題を未解決のまま、死とは何か、また死の恐れや不安を抱きながら、いつしか必ず死を迎えるのである。 

ところが、何の心の備えもなく、また、何の前触れもなく死に直面することがある。

 イエスはマリヤに、「わたしはよみがえりです。いのちです。わたし信じる者は死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことはありません。あなたはこのことを信じますか」(ヨハネ11章26節)と聞かれた。

 生きている今、救い主イエスを信じて、死の問題を解決していただきたい!死の問題を解決して生きる人は、決して失望落胆の人生で終わることはない。また、そのような人の心には失望落胆という暗闇はなく、永遠の希望の光が輝き続けるのである。